「パントマイム劇」を実践して《生徒の感想文》
筑波大学付属小学校4年生の一クラス(1999年当時)が終業式の演芸会で『パントマイム劇』を行いました。日数をかけて練習し、秋の終業式に全校生徒・教職員の前で成果を披露しました。また、父兄を前にしての発表会もその後行われたとのことです。
『パントマイム劇』を行うことはクラス担任の細水先生の発案によるもので、先生の指導のもと、生徒達は劇の練習を行いました。また、「空間のデッサン」のメンバーの徳永 直氏がパントマイムの講師として招かれ、複数回にわたってパントマイムの技術指導・演技指導を行いました。さらに、総まとめ的な練習会では、「空間のデッサン」の他のメンバー(数人)も技術・演技指導に加わり、大人達と子供達とで和気あいあいとにぎやかにパントマイム劇の練習を行いました。「空間のデッサン vol.9」の公演にも、生徒達と父兄の方々大勢に来ていただきました。
徳永、Nakamuraが演芸会を見に行きました。皆、のびのびと、そして楽しみながら演じていたのが印象に残っています。観客の生徒達と先生方も楽しんでいました。
以下は、生徒達が著した学校の「文集」より、パントマイム劇の感想の部分を抜粋したものです。
※以下のものが感想文の全てではありませんので、以降、少しずつ追加していく予定です。
※掲載のお許しをいただいたこと、この場をお借りして、お礼申し上げます。
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パントマイム劇 I.Y
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パントマイムは、言葉ではなく体で表現するもの。それはとてもむずかしい。
はじめてパントマイムをやったのは清里のお楽しみ会だった。S君が動き方を考えて、それにみんなでアイデアを出した。予想してたより笑いがとれ、楽しくなった。
今度はクラス全員でパントマイムをやることになった。まず「鏡」から練習した。「鏡」は二人の気持ちを合わせないとうまくいかない。今まで簡単だと思っていたけれど、やってみると「鏡」では複雑な動きができなくて動きがむずかしいし、みんな似たような動きになってしまって、観客に受けるのもむずかしかった。
つぎに、パントマイムの劇をすることになった。先生がクラスの思い出を劇にしてくれた。終業式の日に講堂で演じることになっている。最初のうちは、だれが見ても何だかわからないような劇だった。こんなので本番は大丈夫なのかなあと思っていたが、練習を何回もするうちに少しずつわかりやすくなっていった。
いよいよ本番だ。みんな練習のときよりうまくやっている。観客も笑ってるぞ。ぼくは「お父さん」がうまくいった。ヤッタゾ、成功だ!! |
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パントマイム K.T
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ぼく達は、パントマイムげきに向けて真最中だ。先生の徳永さんにも来てもらって練習が続く。と中、本当に先生達がやっている公演も見に行ったりした。ぼくのパントマイムげきに出る予定の種目は、1カベ 2野球の審判。しかし、と中で野球の次のお父さんの鏡の使い方が入ってしまった。すると自分だけの大問題が出てきた。それは、野球は私服でお父さんの鏡はせい服だから、ナレーターがしゃべっている間にきがえきれるかという問題だ。
そして本番。カベは、ぼくのドアノブがとれてしまう大笑い。大成功。野球の審判もOK。着がえる所は、ナレーターが、ふだんよりしゃべる速さをおそくしてくれたので、なんとかきがえきれた。笑いは、すこしだけしかとれなかったけど、ぼくの自信のまん足度100%。
練習の始め、パントマイムをいやいややっていた。しかし、最後の方になって来ると、楽しくなって来た。
パントマイム劇が終わると、1、2年生は、カベなどをやりながら教室へ向かった。 |
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パントマイム K.R
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「パチパチパチ。」今、ほくたち一部四年は、みんなの前でパントマイム劇をしている。
今まで練習してきたかいがあった。最初は、あまりタイミングなどが合わなくってうまくいかなかった。けれども、個人個人で練習をしたので、タイミングは少しずれているけれど、前よりもよくなった。そして、実際にパントマイムをやっている、徳永先生にも教えてもらい、細水先生もタイミングなどを直してくれ、とってもよくなった。
ぼくは照明係もした。最初は、照らさなくてもいい場面、場所などを照らしてしまったりした。でもやるにつれてだんだん上手になってきた。照明の部屋は、古くてほこりっぽくて汚いのでゴキブリが出て来そうだ。ぼくは、ちょっとこわい。でも本番の時はがんばらなくちゃ。「どこを照らしてんだ。見えないじゃん。」と思われるのはいやなので必死でやった。うまくいった。うれしかった。
若桐際の時、仮装行列が終わった後、ピエロがパントマイムをやった。やっぱり、プロは、ぼくたちとちがってとてもうまかった。 |
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ハッピー・パントマイム!! K.K
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「くーろ!くーろ!!」と声が聞こえる。それは、一部一年の子たち、5〜6人だ。
ぼくは今、パントマイムをしている。ぼくは4回も出番があるから、たいへん!! でもうれしい。それは、人一倍もできるから、うれしい。しかも、友達のF君とぼくだけの、特別な場所がある。
本番、2回目の出番が終わって、すでにあせをかいていた。いつもは、
「こんなのでだいじょうぶか?」と思う時があるけど、友達がいると、安心する。
そして、3回目のクライマックスの時の、あの、
「くーろ!くーろ!!」がはじまった。おどろいた。とてもうれしかった。なきだしそうだった。うれしい。筑波小の生徒でよかった。一部四年でよかった。40人の中の一人でよかった。たんにんの先生が、細水先生でよかった。友達がいてよかった。そして、生きていてよかった。ほんとうによかった。
これからも、
「よかった」と思えるようにがんばっていきたい。 |
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お楽しみパントマイム S.D
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清里のお楽しみ会の出し物は、Yさんの案で、ぼく達の班はパントマイムをやりました。その事がきっかけで、ぼくの部全員でパントマイムをやることになりました。
初めは、鏡、基本の動きをやっていましたが、「やっぱりストーリーがないと。」と言う事で、細水先生がストーリーを考え、台本を作ってくれました。そして、役決めの時、ぼくはナレーターを選びました。パントマイムはしゃべれないので、しゃべれるナレーターにしました。しかしすごい事に気がついてしまったのです。「ナレーターはせりふを覚えなければいけないのでしまった。」と思いました。
練習は毎回講堂でした。教室はせまく動きが小さくなり、講堂での練習は動きも大きく実際に発表する場所なので、一石二鳥と考えたのだと思いました。
最初のうちは、全然まとまりがありませんでした。でも何回かやるうちにみんなが一つになりました。
当日は大成功で、特に1年生に大うけでした。 |
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パントマイム M.T
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十月八日、一部4年のクラス発表はパントマイムを行った。9月の初めから、一ヶ月かけて練習したけれど、運動会の練習と重なってしまうので、なかなか練習時間がとれなかった。
徳永直先生というプロのパントマイムの先生に教えてもらったり、先生の劇団のパントマイムを見せてもらったりして、楽しく練習をしてきた。
いよいよ本番の日。ぼくがでるのは、「野球」と「ふしぎな鏡」の二つだ。
「野球」では、からぶりしてたおれる所を大きく表現してみた。思った以上に笑われたのでうれしかった。
「鏡」では、最初は相手のまねをして、だんだんかってに動き出す所を大きく表現した。
二つとも練習の時よりもうまくできた。見ていた人たちから、「おもしろかったよ。」と声をかけられたり、パントマイムの動きをしている人たちもたくさんいた。 |
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体で表現パントマイム Y.M
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| ぼくは、終業式の時にパントマイムげきをした。ぼくは運動会のパントマイムをした。「とんで、とんで」やリレー二重回しのパントマイムだ。みんながよく知っているパントマイムは「かべ」「よりかかり」ぐらいじゃないかな?。けどぼくたちがやったパントマイムげきは、一部4年になってからどんなことがあったか思いだして、それをパントマイムにした物なんだよ。今うちでは妹たちが、「長なわ」のパントマイムや「なわとび」のパントマイムをしている。ぜひみんなもいろいろなパントマイムをやってみたらいいよ。とってもおもしろいから!。ぼくたちの練習の仕方は、「一体」の大きな鏡で自分の姿を見て練習したり、パントマイムをやっている先生にこつを教えてもらったりしました。一番こつがつかめるのは、自分でパントマイムの「げき」を見にいくことです。一番むずかしいパントマイムは「歩く」です。ふつうに足をあげてやると、あまり歩いているようには見えないからです。その場で「歩く」というパントマイムは、とてもむずかしいのです。ぼくたちもむずかしくてなかなかうまくいきません。ぜひ皆さん、「歩く」パントマイムにちょうせんしてみてください。 |
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パントマイム K.Y
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10月8日の前期終業式にクラス発表でぼくのクラスはパントマイムをした。9月からずっとれんしゅうした。ぼくは、デパートのおもちゃやさんでロボットを買って、家でそのロボットと遊ぶ場面と転校生の場面をやった。
初めてれんしゅうする日は少しきんちょうした。でもやってみると楽しかった。たまにパントマイムをやっている徳永先生といっしょにやったこともあった。その日の下校中に徳永先生にあって、いろいろアドバイスをくれた。そうしたら自分も少しうまくなった。
いよいよ本番の日、ぼくはとてもきんちょうした。パントマイムでかべをやる時、K君のがうけていた。
いよいよ自分の番が来た。ぼくはきんちょうして何をやるかわすれた。でもすぐに思い出した。そして最後までせいこうした。
ぼくはよかったと思った。 |
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