サジェストペディア初級イタリア語コース体験記


Page 1 of 10By NAKAMURA



●はじめに

 筆者は92年の秋、オーストリアのヴィクトスベルグにおいて4週間に渡って行われたサジェストペディアによる初級イタリア語コース(約60時間)に参加した。講師はエバリナ・ガテバ博士で、ゲオルギ・ロザノフ博士の共同研究者である。外国語教授法の本などでは、ロザノフ博士がサジェストペディアの創始者として紹介されることが多いのだが、実践面において今日のサジェストペディアがあるのは、このガデバ博士の功績によるところが大であると言われている。
 コース参加者は、地元のオーストリア人3名、スペイン人1名、そして日本とドイツから参加した日本人4名の計8名で、このうち言語教育に携わっている者は、日本語教師4名を含む6名である。
 このコースは、純粋にイタリア語を学ぶことをその目的としている。筆者は日本語教育に携わる者であるが、今回のコースでは、できるだけ言語教師としての見方を抑えて学習者の立場に徹するよう努めた。というのは、サジェストペディアによる学習効果を最大限に引き出すためには、授業を分析的に見ようとする態度はかえって障害になると、コース参加のきっかけを作ってくれた紹介者よりアドバイスを受けていたからである。 私の目的も、最新のサジェストペディアの実際を体験し、サジェストペディアによって自分がどの程度までイタリア語ができるようになるのかを見ることにあった。

コースの概要

 コースは大きく分けると、4つの部分からなる。それは、1) レディネス調査およびプレ・テスト、2) 授業、3) 修了テスト、4) 演芸会およびパーティーである。

1. レディネス調査及びプレ・テスト

 まず、本授業に入る前に、受講者は受講カードに住所や氏名などとともに、外国語の学習経験およびサジェストペディアによる学習経験について記入する。筆者は以前、サジェストペディアを利用した初級英会話のクラスを受けたことがある。
 続いて、ペーパー・テストが行われる。
 一枚の紙にイタリア語がダイアローグ形式で40行ぐらい印刷されており、それを前半部と後半部に分け、そのどちらかを英語またはドイツ語に訳すのである。私はイタリア語は全くのゼロであり、イタリア語と親戚関係にある他のヨーロッパ語もできなかったため、全くのお手上げ状態であった。
 最後に、ガテバ博士は別室に待機。受講者は一人一人呼ばれて、博士から口頭によるインタビューを受けることになる。
 このインタビュー・テストには二つの形式があった。一つは、机の上に裏返しにして置かれた数枚のカードの中から一枚を受講者に選ばせ、博士はそのカードの表に書かれている記号によって質問ノートのページを選んで開き、そこに書かれている質問を受講者にするというもの。もちろん、私には全く答えられない。果たして、このコースを終える頃には、自分はこれらの質問にすらすらと答えられるようになっているのであろうか? 不安と期待が入り混じる。



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 もう一つのテストは、博士が言うイタリア語の後について、ともかく音だけをなんとか真似るというもので、彼女は私の発音がそっくりだと言って褒める。
 ガテバ博士は終始笑みを絶やさず、インタビュー・テストはなごやかな雰囲気のもと進められた。

2. 授業

 いよいよ、1日約3時間(90分が2回、間に30分の休憩が入る)、月曜から金曜までの週5日、計4週間の集中授業が行われることになるが、今回の総授業時間数は約60時間であり、これは伝え聞くところの初級レギュラー・コースの73時間よりやや短い。授業はプレ・テストで用いられたのとは違う部屋を使用する。
 まず初めにロザノフ博士により簡単なオリエンテーションが行われた。内容はサジェストペディアとその学習効果についての簡単な解説、授業では歌や踊りなども行うといった授業内容の説明、コンサートの受け方などの受講心得の説明であった。また、家での復習は必要とはしないが、もしその気があるのなら、朝起きてからすぐと夜寝る前の15分間位、雑誌でも眺めるようにテキストをさーっと見るようにすることというアドバイスがあった。
 実際の授業は、1)イントロダクション、2)コンサート・セッション、3)エラボレーションの3段階をひとまとまりとして、テキスト全8章のうちの5章までそれが繰り返される形で進められていった。

2. 1. 教室環境
 

 ここで教室環境についても述べる必要があるだろう。というのは、サジェストペディアにおいては、情報のソースはテキストや教師だけに限らないからである。情報のソースは学習する場に溢れんばかりに、なおかつ巧妙に配置される。

 教室はキリスト教会の中の部屋の一つを使用する。かなり縦長の部屋だが、木材が中心に使われていて、なかなか落ち着ける空間である。窓からは、教会の庭など、外の景色が見える。なお、教会は山の中腹にあって、まわりの山々と眼下にひろがる平地を見渡すことのできる風光明媚な所にある。
 教室の後ろ3分の1ぐらいの所に大きな長方形の机が置かれていて、その短い1辺に教師が陣取り、学習者は2つの長辺に4人ずつ対面して席に着く形となる。椅子を目一杯引くと壁にぶつかりそうになり、部屋の横幅はやや狭いが、部屋が細長いので、自由に動き回れる空間はちゃんと別に確保されている。そして、そちらに移動しての学習活動も頻繁に行われた。
 教室内を見渡すと、壁や屏風状のついたて(複数)には、写真、絵、地図、ポスターなどが多数張ってあり、教室の中はまさにイタリアの世界そのものである。加えて、机や床の上にもいろいろな小道具(縫ぐるみ、模型、おもちゃ、写真、絵、ゲームなど)が数え切れないほど置かれている。そして、それらにまじって動詞等の活用表や文型表、重要表現、関連語彙、歌等がチャートやカードの形で多数配置されている。もし仮にそれらを全部勘定したとしたら、恐らく千点以上はくだらないであろう。しかも、それらすべてには何らかの形で芸術的配慮がなされている。さらに、毎回、既存のものに新しいものが加えられていき、ものによっては配置替えされることもあった。
 それらは次のように大まかに分類できる。言語項目に限って言うと、1) コース全般にわたって重要となってくるもの。2) その日の授業内容と関連のあるもの。3) 前日に学習されたものの中から抽出されたもの。4) 授業ではまだやっていない(・まだやらない)未出の項目であるが、それが後の授業において提示された場合の効果を考え、周辺知覚として活用されているもの。

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 さらに見方を変えて、言語・非言語の両方について見てみると、以下のように分類できよう。
 1) イタリア的雰囲気の演出に役立つもの。言い換えれば、イタリアに関する地理的・歴史的・文化的情報を提供するもの。2) 学習者に新しいア イ デ ン テ ィ テ ィ及びパーソナリ ティを形成させるためのもの。(例:イタリア人の名前、職業名、地名(出身地)/家族の写真)3) 文型練習、会話練習、話の創作、語彙の習得などの目的で利用する言語的素材(チャートやカードの類)と非言語的素材(絵・写真、小物等)。4) 周辺知覚的に情報を吸収するための言語的・非言語的素材。5) 学習者がドラマ活動の際に利用する衣装・小道具。6) 歌の伴奏に使う楽器群。7) レクリエーション的なゲーム・おもちゃ。8) 学習者が創作したもの(絵等)。9) お友達(人形、縫いぐるみ等)。10) その他。
 このような教材・教具の使用にあたっては、学習者の心理と生理面において十分に配慮がなされたものが使われているということも指摘しておきたい。学習者の感性と想像力をおおいに刺激し、学習者に対して心理的・生理的に好ましい影響を与えると考えられるものが選ばれている。
 私は、前日にやった重要な表現等がさりげなく壁等に配置されていくのを見て、これはなかなかうまい方法だなと感じた。これなら、学習者が「復習をやらなければ」という意識を特に持たなくても、自然と以前やった項目に光が当てられることになるわけだ。
 言語的情報を提供するチャートやカードの類は、このように周辺知覚的にそれを学習者に示唆することで、情報を学習者に吸収させる場合と、実際の練習や説明に用いられる場合とがある。いずれにせよ、学習者は意識しようとしまいと、絶えず多量の刺激・情報を周りから受け、吸収していることになる。
 「多量の情報を提供する」、「脳にあらゆる刺激を与えて活性化させる」、「顕在意識の部分だけでなく、パラ・コンシャス(顕在意識以外)の部分をも活用する」アプローチであると言われるサジェストペディアの特徴は、この教室環境からも十分にうかがい知ることができよう。
 
2. 2. 授業展開

(1)イントロダクション 

 イントロダクションでは、教師(ガテバ博士)は毎回違った人物となって登場する。多数の小道具を用い、パフォーマンスを行うことで、その章の学習項目を示唆・導入する。文法項目、語彙、表現語句に加えて、章で扱われているトピックや場面なども含まれることがある。媒介語を用いての質疑応答などは行われない。
 イントロダクションの中でも、第1章のイントロダクションは特に長く、おそらくコース全体のイントロダクションも兼ねていたのだろう。それは数十分に及んだ。
 1)(第1章)ガテバ博士は、大きなかばんを抱えて、今ここに到着したばかりだという出で立ちで現われる。そして、いかにもずっと会いたいと思っていた人達にやっと会えて嬉しいのだという様子で、満面に笑みを浮かべ、大きなかばんの中から模型やおもちゃなど、色々な品物を取り出しながら、あたかも我々に言葉のシャワーを浴びせかけるかのように話し続ける。もちろん、すべてイタリア語である。彼女が話すイタリア語そのものはわからないが、その演じられているものを見ることによって、何となく彼女の言わんとしていることがわかる。それによると、どうやら彼女は映画監督で、映画を作るためにここに来たらしい。そして、我々は彼女と協力して映画を作ることになるようだ。

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 また、彼女は数十点はあろうかという写真を一枚一枚取り出して机の上に並べつつ、自分の家族を紹介していく。同時に、多数の縫いぐるみやパベット、おもちゃの動物などを出して、それらを自分の友人ということで一人一人(一匹ずつ?)丁寧に紹介する。皆、魅力的なキャラクターとプロフィールの持ち主である。
 この家族・親戚を紹介するというのは、第1章の中でも特に重要なトピック・項目である。そして、自分の家族・親戚・ペット(フィクションの)の紹介をするという課題が実際に授業の中で課せられる。ここでは、そのモデル・パターンが教師によって示されているのだと考えてもいいだろう。
 この様に、このコースでは、学習者は全く新しい人物(イタリア人)に変身する。架空の名前・出身地・職業・経歴などを自ら作り上げ、以降、クラスの中ではその人物になり切るのである。私が新しい自分として選んだのは、Giovanni Pasquali 。音楽家である。そして、私はコースの間中、ずっとその人物を演じ続けた。
 架空の人物になり切ることには、以下のような重要な意味があると思われる。    
1)「ごっこ遊び」的な要素が、学習者のInfantalization(幼児化)を促すと同時に、モチベーションを高め、積極性を引き出す。
2) 想像力が刺激されることにより、より創造的になる。
3) 「たとえ少々恥ずかしい事をやったとしても、それは Giovanni Pasuquali がやったこと で、中村自信が恥をかくわけではない」といった意識が生じ、誤りを恐れずに行 動を 起こすことができるようになる。
4) 学習者が自分の理想とする人物像を自ら作りだし、己をそれと同化させるということは、それはとりもなおさず、その理想的人物像の持つ資質を自分の内にも少しずつ芽生 えさせていくということである。
5) 自らをイタリアそのものと同化させることで、内に存在する(あるいは、学習の過程で生じてくる)イタリア語学習に対してのバリアーを克服する(乗り越える)。
 他の章のイントロダクションでは、次のようなものが見られた。
 2)自分の夫に電話をかけ、話をしてから、学習者一人一人に電話を回し、即興で話をさせる。3)テキスト中の歌を歌う。4)多数のスライドを用い、イタリアの建築や彫刻、絵画などを紹介する。5)ややクレージーな学者が登場して演説を行なう。 
 この5)の章では、未来時制が主要な学習項目として扱われている。イントロダクションでは、ガテバ博士がエキセントリックな出で立ちの男性の学者に扮して演説をするのだが、その学者はいかに未来が絶望に満ちているか力説するのである。学者が去った後、彼女は何食わぬ顔をして(着替えて)入って来、学習者と言葉を交わす。この章のイントロダクションは第1章と共に特に印象深かったのを覚えている。何故かと言うと、壁に張ってあるチャート及びそれ以前の章のダイアローグの中に、未来時制を用いた文がさりげなく提示されていたとはいえ、未来形をターゲットにして学習したことはなかったからである。しかし彼女が話す高度なトピックの内容のほとんどが理解できた。私は、こんなに短い時間しかイタリア語を習っていないのに、ここまでわかるようになったのかと、この時は正直言ってうれしかった。
 イントロダクションが行われるたびごとに、「今度は、どういった新しい事が学べるのだろうか」という期待感が高まるのを感じた。

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(2) コンサート・セッションおよび使用されるテキスト

 コンサート・セッションで初めてその章の学習項目の全容が印刷教材の形で提示されることになる。第1章のイントロダクションが終わると、テキストが渡される。テキスト(全部で119ページある)はA4サイズよりやや大きめのサイズで、表紙のデザインのベースは無地だが、下半分が青紫で上に行くに従って少しずつそれが黄色に変化していく配色を用いている。その中に縁取りされたカラーの絵があり、天使が6コース(11弦)のルネサンス・リュートを弾いている。15世紀にイタリアの画家によって描かれたものだが、教室内の芸術的雰囲気とうまくマッチしている。
 テキストを開いてみると、左半分がイタリア語になっていて、右半分に媒介語(英語またはドイツ語)による対訳がある。その対訳の部分はテキストに印刷されているものではなく、あとから別紙の形で付け加えられたもので、テープでとめられている。また、第2章以降の対訳はテキストには付随しておらず、それぞれコンサートの前に与えられる。
 ここでテキストの構成について少し見てみよう。テキストはダイアローグ形式で、ダイアローグは複数の人物が織りなす物語の形になっている。全部で8章あり、全章続きものの物語である。物語は、かつてイタリアの大学で学んだことのある精神科医が、家族を連れてイタリアを訪問するという設定のもとに進められる。語彙は約2000語あるが、コースで学ぶ語彙のすべてが網羅されているわけでなく、授業の中でテキストにない語彙も多数提出される。
 伝え聞くところによると、最初の何章かでテキストで扱われる(初級イタリア語の)文型のほとんどが提出されるとのことである。テキストは、所々に場面を表わすモノクロのイラストがあり、加えて(授業で使われる)歌の楽譜やイタリアの古典芸術である絵画、彫刻、建築などの写真(カラー)のためにもページがさかれている。
章ごとに簡単な読み物があり、テキストの最後の方は文法解説の部分となっている。
 コンサート・セッションで初めてその章の学習項目の全容が印刷教材の形で提示されることになる。第1章のイントロダクションが終わると、テキストが渡される。テキスト(全部で119ページある)はA4サイズよりやや大きめのサイズで、表紙のデザインのベースは無地だが、下半分が青紫で上に行くに従って少しずつそれが黄色に変化していく配色を用いている。その中に縁取りされたカラーの絵があり、天使が6コース(11弦)のルネサンス・リュートを弾いている。15世紀にイタリアの画家によって描かれたものだが、教室内の芸術的雰囲気とうまくマッチしている。
 テキストを開いてみると、左半分がイタリア語になっていて、右半分に媒介語(英語またはドイツ語)による対訳がある。その対訳の部分はテキストに印刷されているものではなく、あとから別紙の形で付け加えられたもので、テープでとめられている。また、第2章以降の対訳はテキストには付随しておらず、それぞれコンサートの前に与えられる。
 コンサート・セッションでは、このうち、ダイアローグの部分が教師によって朗読される。

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 コンサートには、1(アクティヴ)と2(パッシヴ)がある。コンサート1では、教師は立ってテキストを朗読していく。その時にはモーツァルトやベートーベンなどのヨーロッパの古典派の音楽および古典派の性格を備えたロマン派の音楽をバックに流し、あたかも朗読する声が音楽の一部であるかのように、ゆっくりとした独特の読み方で行われていく。朗読している時の教師には、一種独特の威厳が備わっている。
 学習者は朗読に合わせて、イタリア語のダイアローグを訳の部分と対照しながら見ていく。ダイアローグおよび対応する訳の部分には、所々アンダー・ラインが引いてある。学習者の中には筆記具を手にして、大切そうな所、あるいは気に入った所に印をつけている者もいる。
 コンサート1の時間は比較的長い(数十分かかる)のだが、飽きるとか、情報量が多すぎてパニックに陥るとかいうようなことはなかった。実際、かなりテキストに集中できるのである。しかも、ある種の高揚感さえある。また、想像力も刺激されるようである。これは一つには、音楽の質の高さと教材自体が持っている質の高さとがうまくマッチしていることにも起因するのであろう。テキストそれ自体が一種の戯曲のシナリオのようであり、文学的・詩的表現が随所に見られるなど、芸術作品の風格を備えているからである。
 第1章は17ページ(ダイアローグの部分は13ページ・1ページ約60行・語彙は約800語)あるが、後ろの章になるにしたがって、章にさかれるページ数は少なくなり、新出語彙も減ってくる。
 テキスト“L 'ITALIANO”は、従来のシラバスの概念だけでは捉えきれないところがあるように思える。このテキストには先に述べたことに加えて、次のような特徴およびサジェスチョンがあるようだ。
 1) 学習者がそれぞれの個性や好みに応じて、自由に選択できる素材を豊富に提供する。2) まず全体を見せる。したがって、その章の練習の時にはターゲットとされていない(後になって重要となってくる)項目も数多く含まれている。3) イタリア語は学ぶに値する、すばらしい言語である。4) 外国語の習得は容易である。5) イタリアの文化(特に芸術)は素晴しい。6) 外国語を学ぶことによって多くの人々とふれ合うことができ、全く新しい体験ができる。7) 人間には無限の可能性(潜在能力)が秘められている。8) 自己実現を達成する。(社会的に成功した知的水準の高い人物が登場。加えて、偉人の寓話がある)9) 好奇心を持つ。10) 家族、友人、師弟など、縁によって結ばれた人間関係を大切にする。11) ユーモアの精神を持つ。
 続くコンサート2では、博士は椅子に座り、バッハやヴィヴァルディなどのバロック音楽を背景にテキストを読んでいく。学習者はテキストは見ずに音楽と朗読だけを聞く。ダイアローグはほぼナチュラル・スピードで読まれていくが、いくぶん登場人物に合わせて声の調子を変えているようだ。私も他の学習者も目をつぶって聞くことが多かったが、目をつぶるのは強制ではない。
 私は今までにいろいろな人のコンサート・リーディングを聞く機会があったのだが、ガテバ博士のものは何と言っても本家本元であり、声の質、力強さ、変化の巧妙さなどにおいて、まさに「素晴しい」の一言につきる。まさに芸術を目の当たりにしているといった印象である。
 音楽の再生装置自体はラジカセが使われていたが、これはさほど気にならなかった。外国語教授法の参考書によくある「サジェストペディアは、安楽椅子にゆったりと腰かけ、高価なステレオ装置を前に云々。」の記述が思い出される。

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ことサジェストペディアに関する限り、巷に出回っている解説書は必ずしもサジェストペディアの実態を正確に伝えているとは言い難いようだ。

(3)エラボレーション

 エラボレーション(練成)は練習の部分である。イントロダクションとコンサートによって提示されたものを、今度は様々なアクティヴィティを通じて、実際に運用できるようにしていくのである。サジェストペディアのイタリア語コースでは、このエラボレーションに最も多くの時間が費やされた。
 初めの方の章では教師主導型の教室活動が多く見られたが、学習者の言語運用能力が高まっていくにつれて、学習者が自分の言いたいことを自由に発話するようになっていき、コース後半では学習者主導型の活動も多く見られるようになった。
 エラボレーションでは以下に述べるような教室活動が見られたが、私が今までに他の教授法で外国語を学んだ経験と比べると、そのアクティヴィティは多彩で変化に富んでいる。そして、多くの教具・教材が用いられ、目まぐるしく活動内容がかわり、テンポも展開も早い。しかし、それらが個々ばらばらに存在しているというわけではなく、何らかの形で他のものと有機的に結びついているのである。
 1) 教師の後についてテキストを読む。2) 学習者がダイアローグを訳す。3) ダイアローグの登場人物を割り振っての役割別読み。4) 役を表わす小道具(服、ネクタイ、帽子、かつら、装身具、職業を表わす小道具等)を身につけ、ドラマ活動をする。
5) 特定の表現語句を用いての対話練習。教師対学生、学生対学生で。初期の段階では、チェーン・ドリルも用いられた。
6) 文法・文型練習。これは、文字カード・ゲームなど、ゲーム活動を通じて行われることが多かった。初期の段階では、教師と共に皆で動詞の活用形を壁に配置されている活用表を見ながら手の大きな振りを入れて唱えていく活動もおり込まれた。
7) 歌とダンス。これは頻繁に行われた。皆で簡単な楽器を演奏しながら歌うこともある。歌は、イタリア民謡(ガテバ博士のギター伴奏がつく)と、学習項目(文法など)と密接に結びついた博士によるオリジナル・ソングが用いられた。テキストのダイアローグの中にも、歌われる形になっているものがあった。時には学習者に好きな歌を歌わせることもあるが、その時には学習者の個性や積極性が存分に引き出されるようである。ちなみに私は音楽家という設定であったこともあり、自作の曲を幾つか披露することにした。
 ダンスは、皆で手をつなぎ歌を歌いながら行うことが多かったが、歌詞の中で重要な項目があった場合には、そこに動作上の
アクセントを入れることがある。
8) 絵の創作。創作された絵は部屋に飾られる。9) エクササイズ。体を動かしながら数字を唱える。体を思いきり緊張させた後、脱力する。体を動かしながら深呼吸を行う。10) 関連語彙・表現を学ぶ。絵、写真、模型、文字カードなどを用いて。11) 与えられたテーマについて話を作ってきて、発表する。
 11)は章が一段落する度ごとに行われた。話を家で作ってきて、次の授業の日に

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発表する。発表は何日かに分けて行われることもあった。トピックやシチュエイションのモデルおよび言語素材はテキスト中に存在しているので、それを参考に話が作れる。この様な想像力を活用しての創造的活動は、学習者の多くを活き活きとさせるようだ。発表の際には、個人個人の発表の合間に他のゲーム活動が差し込まれることが多かった。
 課題の例をあげると、(1)1章では、人物や動物などの写真・絵が多数提供され、学習者はその中から好きなものを自由に選び、それらを組み合わせることで自分の(架空の)家族・親戚を紹介するという活動が行われた。(2) 猫の絵を選び、その猫の物語を作る。(3) 風景画・風景写真を用いて、今までの旅行の中で特に印象的だったもの(架空のでよい)を語る。(4) 人形・縫いぐるみ・模型・その他を選んで、その組み合わせで、友人(選んだ縫いぐるみなど)とした冒険物語を作る。(5) 擬人化された動物の絵カードを数枚選ぶ。そのカードには単語が書かれており、その単語を利用して、その動物達が織りなす物語を作る。
 以上であるが、話を作る際には、できるだけ簡潔でしかも魅力的なものを作るよう求められた。私はできるだけ面白い話を披露してやろうと、毎回、かなりの時間をかけて話をこしらえた。そして、それを皆の前で発表することは、達成感を味わえると同時に、大いなる自信につながっていく。私の場合も、この作業が自分のイタリア語の運用能力を高めるのに一役買っていたように思う。
 12) 自由会話。教師の「何か新しいニュースはない?」という問いがきっかけとなる。13) 読解練習。章ごとに読解教材の部分がある。
この読解練習は、媒介語に訳すのがその主な作業であるが、これにより今まで学んだものが整理・統合された。また、読解用のプリントも配られた。14) 文法解説。これは章の最後に行われる。テキスト中の GRAMMATICA の部分を用いて、文法を演繹的に説明する。チャートも使用された。15) 今までに述べてきたもの以外にも様々な教室活動が行われたが、小道具を用いてのゲーム活動が比較的多かった。輪投げや目をつぶって障害物の間をぬって歩くなど言語的なものを焦点にしない場合もある。その場合には、他のアクティヴィティの間に差し込まれることが多かった。
 以上の例からもわかるように、授業がいつも座りっぱなしで行われるなどということはあり得ず、絶えず立ったり座ったり、あるいは教室内を移動したりしての授業であった。

3. 修了テスト

 修了テストは、コース終了の前日に授業の中で行われ、コース終了日にテスト結果が皆の前で発表された。テストはプレ・テストで用いられたものと同じものが使用された。他の学習者は文章を8割以上訳すことができたようだが、私はイタリア語を英語に訳すのがうまくいかず、6割ぐらいのできであった。

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4. 演芸会

 コースの最終日には演芸会(劇)とパーティが行われた。演芸会は、学習者が幾つかのグループに分かれ、テキスト中のあるシーンを、役をふり、グループごとに演じていくのである。登場人物を表す服や小道具を自由に選んで身につける。テキストは見ずに行う。ストーリーは脚色してよい。実際、演じる者の創意工夫によって話が変わったり、即興的に台詞が加えられるなど、とても楽しい演芸会となった。

5. コース最後に行われたロザノフの解説
 
 
コース終了時にロザノフ博士から次のような説明があった。
 1) コース終了時よりも、日にちが経過した方がイタリア語の運用能力は高まっている。2) コース終了後、6か月以内であれば、復習をすることによってイタリア語の能力を維持することができる。しかし、それ以降となると、かなり落ちてくる。もし2年間何もしなければ、そのほとんどを忘れることになる。3) 復習は、授業で用いたイタリア語のテキストを雑誌でも眺めるようにさーっと目を通すようにするのが良く、部分だけを取り出して反復練習するのは好ましくない。4) もしサジェストペディア以外のイタリア語のコースを受けるのであれば、会話のクラスを取ること。また、子供向けの本や、歌などを使うのも良い。
 以上であるが、3)のアドバイスは、「サジェストペディアの授業でせっかく新しい学習スタイル・態度が培われたのだから、それを極力維持するように努め、過去の学習スタイルには決して引き戻されることのないように!」との配慮から出たものと思われる。
感想

 今回のイタリア語のコースを受けてみて感じたことを幾つか述べてみたい。
1)サジェストペディアのイタリア語コースでは、その多彩で変化に富んだアクティヴィティと、自分が取り組んだ創造的な活動の量と質、その情報量の多さの故、コース全体の時間が実際よりも長く感じられた。また、自分の個性を存分に発揮できる時間を持てたという印象がある。
2)クラスの他のメンバーとも、授業中、様々な教室活動を通じて互いに交流する機会が十分に与えられるので、すぐ仲良しになる。授業は「みんなで一緒にやっていく」という感じである。
3)多種多様なアクティヴィティを授業の中に取り入れることによって、学習者のエネルギーを絶えず引き上げ、飽きを起こさせないようにしている。これは、コースの初めの段階で言語能力のおぼつかなさから生じるフラストレーションや緊張、劣等感などを解消するのにも、かなり役立っているように思われる。
 筆者はガテバ博士により数年前に日本で行われたイタリア語の授業の模様を何度かビデオで見たことがあるが、この点では、今回のコースの方がより巧妙になっているように感じられた。
4)博士は学習者のそれほど流暢でない発話を、常に肯定的に承認し、学習者がどんどん話を続けることができるように、絶えず鼓舞するような形で学習者の発話をさりげなく繰り返すという方法をよく用いていたが、その対応の仕方・態度は言語教師として大いに見習いたいものである。

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 さて、肝心の筆者のイタリア語の運用能力の方であるが、コースが半分過ぎたあたりから、今まで多量に提示されてきたものが自分の中で有機的なつながりを持ち始め、少しずつ自分の言葉として語ることが出来るようになってきたと感じた。ものによって、イタリア語が意識の表層にふわっと湧き出てくるといった感じである。しかし、授業で学んだイタリア語を自由自在に駆使して頭に浮かんだ事をスラスラと言えるというレベルまでには達していない。また、授業中、時々、ガテバ博士や他の学習者が話していることがさっぱりわからなくなることがあった。
 この原因を自分なりに考えてみたのだが、やはり何と言ってもテキストで与えられた訳が母語によるものではなかったことに最大の原因があるのではないかと思っている。そして、この事はロザノフ博士からも指摘があったところである。
 実はコースを受ける前は、イタリア語と同時に英語も学べる、これは一石二鳥だと感じていた。しかし、肝心の英語の訳がかなり難しかったために、私では歯が立たないところがかなりあった。これは、コンサート・セッションで情報を吸収する際には明らかに不利となろう。もし対訳が日本語で与えられていたならば、おそらく私のイタリア語能力ももっと高いレベルにまで達していたのではないかと思う。ただし、イタリア語を日本語に訳すにあたっては、その語順の違いなどから、当然何らかの配慮・工夫が必要となろう。
 ちなみに、コース終了後すぐに、ニューヨーク大学でイタリア語の ACTFL / OPI のテストを受けた。結果は、Intermediate Low であった。
 最後に、オーストリアでガテバ博士によるイタリア語のコースを受けたことで、私のサジェストペディアに対する印象がそれまでのものとはかなり違ったものになったという事も付け加えておきたい。サジェストペディアによる外国語コースは、非常に緻密に計算さたコースであるとの印象を持った。そして、
一部の言語教育関係者が持っている「サジェストペディアは、リラックスして楽しく授業をする」だけの教授法であるというイメージは全くの誤解であるということが実感できた。

結びにかえて

 現在、私はコースが終了してからもなお、イタリアを身近に感じ、イタリア語の勉強を続けたいという強い欲求を持っている。これは、それまでの私の外国語学習体験の中ではなかったことである。サジェストペディアによる中上級レベルのイタリア語コースもあるそうなので、可能ならば、是非受けてみたいものである。
 同時に、この日本においても様々なサジェストペディアのコースが実現される日が早く来ることを望むものである。

<参考文献>

1)日本サジェストペディア学会紀要創刊号」 日本サジェストペディア学会(1993)

(2)Georgi Lozanov and Evalina Gateva 1988.
The Foreign Language Teacher's
Suggestopedic Manual.
Gordon and Breach Science Publishers. 

3)The Language Teacher 第17巻第7号
The Language Teacher 第17巻第8号
全国語学教育学会(1993)

  *
Suggestopedia の特集記事がある。本記事
   は筆者がTLTに投稿したものを元にした。

4)英語教育 第37巻8号」
「英語教育 第38巻9号」
大修館書店(1989)

*壹岐節子氏によるSuggestopediaの
記事がある。

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