Q: 他動詞に「たい」を用いた願望・希望の表現には、「〜が〜たい」と
「〜を〜たい」の両方があります。これについて詳しく教えて下さい。
A:
お答えいたします。
■『〜たい』における格助詞「が」・「を」の使い分け
「〜たい」(願望・希望)を学習する際に、初級の日本語教科書では、他動詞を
用いる時、「〜が〜たい」と「〜を〜たい」のどちらか一方だけを採用することが
多いようです。
例をあげますと、
●初級教科書において、最初に出てくる典型的な例
次の例を見てください。
例1:a. 私は水を飲みます。→ 私は水を飲みたいです。(を
→ を)
b. 私は水を飲みます。→ 私は水が飲みたいです。(を
→ が)
これが教材によって違うため、ある教材から他の教材に移行する場合に、あるいは
併用する場合に、とまどうことがあるのですね。
私の経験では、「を →
が」 とやる教材の方が多く使われていて、授業では、
この格助詞「を」を「が」に変換する作業が重要な学習・指導項目の一つとなって
いたように思います。「「を」は絶対駄目ですよ!」などと言う先生もいたりして
. . .
加えて、自動詞も「を」をとるものがあるので、やっかいなのですね。
上記のaとbの場合、「水が飲みたい」は話し手の指向が動詞の対象語「水」にあり、
「水を飲みたい」は話し手の指向が動詞「飲む」または「水を飲む」にあると説明
されることがあります。
私事で恐縮ですが、私の甥は清涼飲料水を好まず、コーラ・サイダー等をすすめると、
決まって「水がいい!」と言います。そういう時の気持ちが「水が飲みたい!」で
しょうか。つまり、「水が飲みたい」と言う場合、「僕はコーラやサイダーではなく、
水が飲みたいんだ」という意図をもって発話することになり、表現意図は「〜たい」
の対象である「水が」の部分にあると考えられます。この「〜が」は強調であると
考えられます。これに対し、「水を飲みたい」とすると、「水をどうするのか?」
「水をどうしたいのか?」あるいは「どうしたいのか?」に対する回答・解答という
ことで、希望する行為(飲みたい/水を飲みたい)について言及していると考えられ
ます。したがって、話し手の発話意図が「対象」と「行為」のどちらにあるか
(・重きが置かれるか)によって「〜が」と「〜を」が使い分けられ、これら2つの
表現が共存しているのだということになりそうです。
●対象が「物」ではなく、「人間」の場合
では、対象語が物ではなく、人であった場合にはどうなるでしょう。
例2: a. 彼女を抱きたい。/ b. 彼女が抱きたい。
aでは「彼女」が動作主ではないことは明白ですが、bは発話された際のコンテクストに
より、「私は、(他の誰でもない)彼女が抱きたいのだ!」/「あなたは、彼女が抱き
たいの?」/「彼女が(誰・何かを)抱きたいのだ!」等の様々な意味にとらえられる
ことになります。
似たような例として、
例3:彼女をほめたい。/ 彼女がほめたい。
例4:彼女を殺したい。/ 彼女が殺したい。(ぶっそうな例で、恐縮ですが
. . . )
例5:彼(のこと)を独占したい。/彼(のこと)が独占したい。
ただし、上にあげた文例の中には、適切なコンテクストが与えられない場合には、
「ガ格」の使用が不自然に感じられるものもあります。つまり、対象が「人間」の
場合には、「が」を用いると主格の「が」ととられかねません。そこで、対象語が
人間の場合には、それが動作主であるととらえられるのを避けるためか、「ヲ格」
が用いられる傾向にあるようです。
●「受け身・使役文」+「たい」の場合
例6:私は彼女を悲しませたくない。/私は彼女を喜ばせたい。
私は彼女を楽しませたい。
これらの文例の「〜たい」の対象に「ガ格」が用いられることはまずないでしょう。
「ガ格」を用いると、「彼女が誰かを悲しませる/喜ばせる/楽しませる」という
意味にとられかねません。ここでは何故「ヲ格」の方が自然に響くのかというと、
「〜を」が受け身・使役の部分と呼応しているためですが、日本語の授業では、
「受け身・使役文」+「たい」の場合に「ヲ格」が用いられるということを意識的に
注意する必要がでてきます。
●「〜たい」からの転成動詞「〜たがる」の場合
さらに、日本語教育において、「〜たい」からの転成動詞「〜たがる」についての
指導も重要となってきます。
例7:陳さんはお酒を飲みたがっています。
× 陳さんはお酒が飲みたいです。→
学習者がよくやる間違い。
この第3人称の場合、「〜たがる」を用いなければならない。
◯ 陳さんはお酒を飲みたがっています。→「飲みたがる」の対象語には「を」を
用いる。「陳さんはお酒が飲みたがっています」とやる学習者がよくいます。
まれに日本語を母語とする人も用いることがあるようですが
. . .
*ちなみに、この文例は日本語として不自然だとのコメントをされた方が
いました。たしかに、少し不自然なような
. . . (^-^;)
●「漢語動詞」の場合
漢語動詞の場合も「〜を〜たい」が可能です。
例8:A誌を購読したい。
例9:あの映画を鑑賞したい。
●「動詞と対象語が離れている」場合
動詞と対象語が離れている場合は、「ガ格」が使いにくいようです。
例10:人生の貴重な時間をもっと有意義なことに費やしたい。
対象語「…時間を」と「費やしたい」の間に他の文節が入っている。
例11:私はコーヒーを出かける前に飲みたい。
例12:食事の前に新聞をゆっくりと読みたい。
例12は「が」も使えそうですね。
●アラカルト
授受(受給)表現の例。
例13:あなたにこの本をあげたい。
次の例も授受表現ですが、「読んで・あげる」と複合動詞になっています。
このように述語が複合動詞の場合も、対象語は「ヲ格」をとることになります。
例14:あなたにこの本を読んであげたい。(「〜が
Vたい」とはならない。)
次の例はどうでしょう?
例15:空を飛びたい。/
空が飛びたい。
「飛ぶ」は自動詞(移動動詞)で、この文例中の「ヲ格」の名詞は、「飛ぶ」
動作・行為の対象ではなく、空間移動の経過点を表わしています。
ところが、
これが意外にも「ガ格」が
使われることもあるのですね。
もっとも、この表現を不自然と感じる方もおいでのことでしょう。
最後におまけを!
●日本語教師の悲哀(?)シリーズ
「ヲ格」の使用が可能な例です。
例16:そろそろ、仕事をかえたい。(日本語の仕事だけは食っていけないから!
トホホ
. . . )
例17:今の仕事をやめたい。
例18:新しい仕事を探したい。
例19:仕事を整理したい。
例20:結婚しても、仕事を続けたい。(大丈夫!
私の知人に、新婚早々、海外に
単身赴任した女の先生がいますよ!)
なお、例20の「仕事を」の部分を主題化変形して、「仕事は続けたい」とする
ことも多いですね。
★いかがだったでしょうか?
「水を飲みたい」というように、「〜を〜スル」の形をそのまま「〜を〜シたい」
とするのを規範的ではないと考えている(・教えている)先生もいらっしゃるよう
ですが、問題はそう簡単に一筋縄にはいかないようですね。歴史的にも「〜ガ〜タイ」
と「〜ヲ〜タイ」の両形式が共存していたと言われており、初級日本語の教科書に
どちらを採用すべきかは議論の分かれるところでしょう。「両方使えばいいのに!」
そうですね。事実、両方を採用している教科書もありますしね
. . .
97.10.28 NAKAMURA |